男女平等でなく公平な社会に

東福寺

男女雇用機会の均等、女性専用車両の投入、女性役員や議員の積極的な登用など徐々に女性活躍に対する意識が世の中に浸透しつつある一方、東京オリンピックにおける女性蔑視発言等々、性差別はまだ日本社会に根深く残っている。いよいよこれからは、このような時代錯誤で配慮が欠けた発言や行動は大きな代償を払うことになるだろう。

ところで私は、性別や人種含め、あらゆる差別には反対であるが、ここで「平等」と「公平」の意味をしっかりと踏まえた上で噛み合った議論にしていく必要があると思う。「平等」は「すべてのものを等しく扱うこと」であり、「公平」は「それぞれの状況や適性などを考慮した上で偏りやハンデを無くして同じ条件のもとで扱うこと」である。

正に女性活躍はこの公平の精神で推進すべきと考える。才能があり努力を惜しまない女性が性別を理由に採用や昇給昇格されないことがあっては絶対にならない。一方で、そうでない女性が女性活躍の象徴として持ち上げられるのもいかがなものかと正直思う。

ご承知の通り、男性と女性は全く同じではない。男性は子供を産めないし、体力面では女性に比べて優位な方が多い。男女関わらず性格の違いは人それぞれであるが、性格特性において概ね男女という属性間で特有の傾向が存在する。よって全くの平等という考え方そのものがナンセンスと言える。

むしろお互いがその違いを真に認識した上で、思いやり、助け合うことが出来ればこれこそが望むべき男女公平社会ではないだろうか。職場でお茶くみや受付といえば女性といった偏見を捨てる、重い荷物は力に自信のある男性が担う、家庭では男性も家事や育児を担う、それは協力するということではなく男女双方の役割と意識すべき。

女性にとって不利な条件を全て洗い出し、日本も男女が公平に活躍しやすい社会にしたいものだ。