具体化

辞書には「具体化とは、はっきりとした形や内容を備えてくること。実体を備えてくること」とある。世の中には実に曖昧なことが多い。国民性や人の性格によってもそれは異なる。特に日本人は曖昧さを美徳としている点がある。今回の失敗は誰のせいか?という時にうやむやにしてはっきりさせないことが多い。時に○○部門などセクションの責任で個人責任を避けることもある。これは計画策定やスケジュール設定時においてもでもそうだ。担当に部門が入っている。これでは誰も主体的には進めないはずだ。誰かがやるであろうである。やはり、5W3H(※1)!で具体化してこそ真の反省もなされるし、はっきりとして道筋がみえる。

※1.5W3H(WHEN・・・いつ、WHO・・・誰が、WHERE・・・どこで、WHAT・・・何を、WHY・・・なぜ、HOW・・・どのようにして、HOW MUCH・・・いくらで、HOW MANY・・・いくつ)

必然と偶然

必然は、原因と結果の因果関係が明白なことであり、一方、偶然は、何の因果関係もなく、予期しない出来事が起きることを言う。私たちの生活の様を見ていると、これはたまたまとか運が悪かった等、偶然として頭の中で処理してしまうことがよくある。しかし、偶然ではなく、ひとつひとつの事柄を必然としてとらえることでその人の成長が決まる!「電車が遅れて遅刻した」 これは一見たまたまかもしれない。しかし、雪の日は遅れるものと考えて少し早めに出かける事もできただろう。「今日はたまたま電話が多くてそれに振り回されて仕事ができなかった」 しかし、予め対処していればその中にも回避できたものもあったのではないだろうか?あらゆることを偶然でなく必然ととらえることにより、人の心がけ・行動が変わる。そして結果が変わる。それはまさしく必然。。。

運命と宿命

運命と宿命、どう違うのだろうか?以前から疑問に思っていた言葉である。辞書によると、「運命とは、超自然的な力に支配されて人の上に訪れる巡りあわせ」とあり、「宿命とは前世から定まっており、人間の力では避けることも変えることもできないもの」とある。であるならば、運命を多少なりとも避けることも変えることもできるものと解釈すれば両者に違いが生まれる。運によって訪れた巡り合わせは、結局はその人の考えや行いに起因するものではないだろうか?果たして常に後ろ向きな人に次から次へと幸運が巡ってくるだろうか?たとえあったとしてもうまく活かせないのではないか。人によってサイクルの違いはあるが、人生は幸運と不運の繰り返しである。よく運を呼び込むと言うが、チャンスを活かして幸運とし、逆境を不運と感じないで過ごすか。あるいは、せっかくのチャンスを逃がし、幸福感を感ずることなく、不運期へと突入し、不幸の連続で立ち直れない人生を過ごすのか。運命は、その人の心がけ、行動次第、少なくともそう思った方が人生はチャレンジングだ。