何気ない行動がその人の人生を決める

何気ない一つ一つの行動がその人の人生を決める。よく成功者が取り上げられる時、その人にとって成功とは一瞬の出来事のように感じられるが、実際のところ、成功は不連続な成果の集まりであり、それらの成果は一つ一つの行動の積み重ねによってなされる。細事を大事にしたい。日常の規律や礼儀、きめ細かな配慮ある仕事、それらのひとつひとつが積み重なってその人の力となり、周りからの信頼となる。年配者に対する敬意、感謝の気持ち、礼儀作法、整理整頓、日々の報連相、言葉づかい、それらは人によって異なり、また、結果・成果も変わる、そして人生が変わる。最近、各企業においてもこれらの行動が伴っていない社員をよく見かける。誰も注意しない。それはやがて風土となり、企業体質を蝕んでいく。原点回帰、まずは自身の細事の見直しから始めよう。

成果

ビジネスの世界で仕事をしていくからには、大事なのは「成果」、それしかない。学生の時代までは努力していく過程が大事と教えられ、テストや運動会などでは順位をつけることさえ避けれらてきたが、いよいよそのような世代が今、続々と社会に入ってきている。
ところで中に評価ばかり気にする若者がいる。その割に努力する気配は見当たらず、何かと人や世の中のせいにする。残念ながら年功序列が崩れようとする今、早期戦力の者以外は転職の度にステージアップどころか以前より処遇の悪い企業を転々とする悪循環のシナリオに陥っていく。すべてとは言わないがそのようなケースをこれまで数多く見てきた。
はっきり言うが、大事なのは成果であり、そのためには成果に至るプロセスを自ら仮説、実証していくことだ。徹底的に自身で考え、分からなかった調べ、時に周りの者から聞きまくる。そうして掴んだ成果こそが本物であり、やがてその積み重ねが大いなる自信へと繋がる。そのような人間には評価は後から必ずついてくる。

生きてる証

一般的に人は、苦しい、悲しいという感情を嫌う。しかし反面、そのような気持を感じ、時を過ごせるのは生きている証とも言える。生きているからこその苦しい、悲しいである。死すものには決して感じることのできない感情である。生きてる者の特権とも言えよう。ならばこの際、じっくりと味わってみるのも乙ではないだろうか。人生、長くを見ればそのような感情はひと時。ここはその先にある楽しいに向け我慢比べをしてみよう。

人の評価

人を評価するのは本当に難しいことだ。誰もその人の全てを知るはずもない。結果、その人の一部を見て評価することになる。もちろん正しい評価基準に則りやったことが前提である。世の中には数字だけでは推し量れないことがいっぱいだ。しかし確実に言えるのはどこかで必ず人は見ているということ。一時的に不遇の評価であっても信念もった行動はやがては評価される。人生の一コマの評価に一喜一憂すべきではない。その意味からすると、評価されない役割を引き受けることも大事なことと言えよう。

楽しく

どっちの側面で生きるか?楽しく生きるか?辛く生きるか?それは、単にその時の状況の問題ではなく、心境というか、気の持ち方の問題であると思う。確かに楽しい時に笑うのが自然であり、辛い時に笑うのは不自然である。しかしながら、常に、「楽しくありたい、楽しく仕事をしたい、楽しく過ごしたい」という人の生き方はそうでない人とは違ったものになるのではないだろうか。仮に生き方に二つの側面があるとしたら、あなたは楽しく生きたいですか、それともつらく生きたいですか?昆虫も含め、多くの動物は明るいところに集まるもの、人間だってそうだ。暗い人の周りには人は寄ってこない。来るとすれば同質の暗い人ばかりではないか。益々、暗くなりそうだ。辛い時こそ、無理をしてでも笑ってみよう、明るく振舞ってみよう。神様が勘違いして、笑っている人には、それに相応しく楽しい出来事を降り注いでくるかも。。。限られた人生、どうせなら楽しく生きようではないか。